れもねーど

”lemon”=「ただの欠陥品」を、”lemon-ed”=「価値あるもの」に変えていくブログ

『ゴッドファーザー』

 
自己言及的なブログを書くのはやめようと思う。
 
これからは、あくまでも誰かに読んでもらうことを意識したブログを書いていきます。
 
というわけで、今日は今晩見た映画の話。
 
ゴッドファーザーである。
 
この間仲良くなった20代後半の男性がむっちゃ勧めてたので見てみた。なんでも「男らしさ」を学べる作品の一つだと。
 
見たことの無い人も多いかもしれない。
結構古い映画だから、俺らの世代では聞いたことはあっても見たことはない映画の一つだと思う。
 
まぁ簡単に言うと、マフィアの抗争を描いた作品だ。
 
しかし、実際この作品のキャラクター達からは重要な哲学を再確認することができた。勧めてくれたDさんには感謝です。
 
 
 
この作品で克明に描かれているのは、
『決断』である。
 
決断。ひとつのことを決めて、他を断つこと。
意思をはっきりと決めること。
 
ゴッドファーザー』でゴッドファーザーと呼ばれる人物は2人いる。
 
1人はファミリーの父親、ドン・コルレオーネことヴィト。
 
もう1人は、終盤で新たなボスとなる、三男のマイケルだ。
 
彼らは常に決断を迫られる。
 
誰が味方なのか、誰が敵なのか。
誰が裏切ってるのか、誰を殺せばいいのか。
 
その決断は常に命懸けである。
否、命だけじゃない。
彼らの決断はファミリー全体の存亡をも左右する。
 
しかし、これらの決断は常に孤独の中で行われる。
彼らにとって本当の意味での理解者はいない。
誰にも本音を漏らせない。
彼らの苦悩は彼らだけのものだ。
 
彼らは常に
 
「自分で考え、自分で決める」
 
シンプルにそれだけだ。
 
他の誰かに決めてもらうことなどありはしない。
常に、自分で考え、自分で決める。
 
自分だけでなくファミリーを背負ってリスクのある決断をし続けているのだ。
もう、超かっこよかった。憧れてしまう。
 
 
 
さて、この哲学を自分や周りに当てはめてみてみよう。
 
多くの人が、
「自分で考え、自分で決める」ことから逃げて、
他人任せになっているように思う。
 
周りがやっているから就活してみる。とか
 
友達が言ってたから資格取ってみる。とか
 
親が言ってるから、この大学受ける。とか
 
そんな話ばっかり聞く。
社会のことを考えろとは言わない。命をかけろとも言わない。
しかし、自分のことくらい自分で決めたらどうだろうか。
 
誤解している人がいるかもしれないが、
どんなに頭のいい人間でも、
どれほど優秀なコンピューターでも、
未来を正確に予測することなどできやしないのだ。
これは事実だ。
未来に保障などなく、意思決定に答えなどない。
だからこそ、
仮に思った未来と違う未来が来た時に納得しながら受け入れるためにも、
「自分で考え、自分で決める」ことが何よりも大事なのだと、俺は思う。
 
偉そうに書いたけど、
まだまだ自分の中にも甘えがある。
誰かに自分の選択を後押ししてほしい、とか感じてしまう。
そういうものを少しづつでも消していって、
かっこいい大人になっていきたいと思うところでしたとさ。
 
以上、『ゴッドファーザー』の雑感でした。
 
ps
非常に面白い映画だった。
でも、少しわかりにくいところのある映画だったので先にネタバレしてるブログとか探して読んでもいいと思う。
ネタバレで面白さが損なわれるタイプじゃなかったので…